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2011年6月の1件の記事

2011年6月 8日 (水)

プロの世界では「努力」は評価されない

今年の初めに読んだ本で「イッシューからはじめよ」という本が面白かった。
著者の安宅さんは、マッキンゼーを経て、ヤフーのCOO室長をされている方で、マッキンゼー時代に学習、経験した問題解決手法を基に書かれた本のようである。

「圧倒的に生産性の高い人」の知的生産手法について書かれており、少し乱暴ではあるが簡潔に言えば、課題解決はその解決の手法よりも、「イッシュー」と呼ばれる「問題」そのものの見極めに要点がある。としている。
とても良い本だと思うので興味があれば読んでいただきたいと思うが、本文の内容とは別に、この本で感銘を受け、赤線を引いたのが「あとがき」に書かれていた、以下の文章である。

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プロフェッショナルの世界では「努力」は一切評価されない。

(中略)

すべての仕事は結果がすべてであり、この結果があるレベルの価値に達していないと、その仕事はいかなる価値ももたず、多くの場合マイナスになる。

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その通りである。

付け加えるなら、レベルに達したとしても、決められた時間に間に合わなかった場合も同様だと思う。

どんなに「努力しました」「時間や労力を掛けました」「頑張りました」と言われても結果が出せていないのであれば評価のしようがない。
努力しているつもりでも結果が出せないのであれば、ただ単に「努力がまだ足りない」のか「努力の仕方が間違っている」かのどちらかである。
また、「突発的な問題が起きた」とか「PCが壊れてデータが消えてしまった」などで、間に合わなかったしても、(同情はしてくれるかも知れないが)ビジネス的には「備えが出来ていなかったんだね」で終わりである。

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努力ではなく、結果のみで評価されるという事実は、フリーなど自分独りで仕事をしている人には分かりやすいのではないか。

クライアントに依頼された仕事で、要求されたレベル以下のものしか出せなかったら、代金は頂けないであろう。
仮にクライアントが ”いいクライアント” で、お情けで代金を貰えたとしても次回、依頼が来ることはないだろう。

納期に間に合わなかった場合も同様である。
厳しいところであれば、代金を貰えないどころか、「要求レベルに達していなかった」「納期に間に合わなかった」という理由で損害賠償請求をされることだってある。
これらのことは、業務委託契約書などを交わす場合には普通に書いてあることである。
それではといって余裕を持った納期を要望すれば、そもそも仕事自体が、他の出来る人のところに行ってしまうだけである。

本来、プロとして仕事をしていくことは非常に厳しいことである。
喰っていくためには結果を出さなければならないのだから。

ところが、組織の中で働いていると、この意識が希薄になりがちだ。
会社という傘のもと、責任や役割が分散されるためであるのだが、実は本質は何も変わらない。
組織の中の個人は、クライアントが会社を評価するのと同様、会社が個人を評価するということだ。

では「努力」は、まったく評価されないのだろうか。
これについて私は、一定の条件の基では評価すべきだと考える。
がむしゃらな「努力」や、その「姿勢」は周りの人に良い影響を与えると思うからだ。
団体競技などにおいては、ムードメーカー的な選手が、声を出し、走りまわることでチームに良い雰囲気が生まれ、勝負の流れを変えることがある。
そういった部分は評価してあげるべきだと思うのだ。

ただ、それは、組織の中においてのみ有効であり、また順番としては結果を出した上でということになる。
結果が出ていないのであれば、「努力」も「姿勢」は評価の対象にすらならないのである。

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