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2012年11月27日 (火)

知識社会とは知識が価値を失っていく社会のこと

現代は知識社会であると言われます。
知識社会というと知識を資本とする社会であり、知識こそが尊く価値あるものであると思われることが多いようですが、本当はまったく逆で、知識それ自体はどんどん価値を無くしているのが知識社会の現実です。

なぜなら、ITの急激な進歩によってパソコンやスマートフォンなどから検索するだけで簡単に多くの知識にアクセスすることができるからです。
いままでは、限られた専門家や研究家のみが知っていたような希少な情報や知識にたどりつくためには、大変な労力と時間を必要としましたが、いまではネット上で簡単に、しかも瞬時に見つかることが少なくありませんし、そこから掘り下げて調べることも、関連情報に広げて調べることもできます。
どんな博識な人であっても、量と範囲においては、Googleやウィキペディアに敵わないというのが現代の姿です。

そうなると、ネット上にあり、誰でもがアクセス出来る知識自体は、希少性と価値の関係から考えても価値がなくなってきていることが分かります。
それよりも検索テクニックを駆使して、必要とする情報にたどり着くための知恵や技術、玉石混交の膨大な情報の中から正しい情報や知識を見抜く力が大切になります。

知識そのものが価値を失ってきている分かりやすい例として、法務や税務の分野があります。
かつては弁護士に高い費用を払って相談していたようなことも、現在ではネットで調べて判断できることも少なくありませんし、税金の申告書の作成や申告そのものもパソコンでできる時代です。
そうなると、弁護士や税理士が必要な知識を持っているのは前提条件として当然のことであり、弁護士が求められるのは知識を持っていることよりも、知恵と技術を駆使してクライアントが求める最上の結果を手に入れられることであり、税理士に必要なのは顧問先の利益につながる指南が出来ることなわけです。
また、優秀な外科医は知識を豊富に持っていることを求められるのではなく、手術を成功させられる判断や技術が求められます。そのため必要なのが知識であり、知識そのものには価値はありません。

知識を資本とする社会は、お金を資本とすることと比較して考えると分かりやすいと思います。
つまり、いくらお金をたくさん持っていたとしても、使わなければ意味がありませんし、上手な使い方をしなければお金という資本を投じても価値を生じません。
知識も同様に、持っていること自体にはまったく意味がなく、あくまでも、それをどのように活かすのかという使い方の方にこそ価値があるわけです。
これこそが知識社会の本質だと思います。

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