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2013年1月 5日 (土)

情報が無くても生きる強さ(釜石の奇跡に学ぶ)

昨年暮れに、NHKで「釜石の"奇跡"」という番組を観ました。

ご存知のかたも多いかも知れませんが、184人の児童全員が、自力で東日本大震災の巨大津波を生き延びた、岩手県の釜石小学校の話です。

学校にいて先生の指導のもと避難をしたということではなく、放課後、家でゲームをしたり、海で釣りをしたりしていたりと、それぞれがまちまちの場所にいた子どもたちが、地震の後、自分たちの判断で避難をして全員が助かったという話で、中には逃げようとしない親や祖父母を泣きながら「逃げないと死んじゃうよ」と説得して命を救った女の子もいました。

小学生が何故そのような判断と行動をすることが出来たのか。
端的に言えば、事前の防災教育や訓練によって、子どもたちが地震が起きた時に、津波が来るということを思い出し、避難という行動をすることが出来たということなのですが、避難三原則と名付けられた「想定を信じるな」「状況下で最善を尽くせ」「率先避難者たれ」という教えがこの奇跡を生み出したのだそうです。
詳細に紹介したサイトや動画もたくさんあるようですので、お時間のある方は是非調べてみてください。

>釜石の奇跡のGoogle検索

さて、番組の中で私が特に衝撃を受けたのが、子どもたちに防災教育を施した、釜石市の防災アドバイザー、群馬大学の片田敏孝教授の言葉です。


よく「情報がなかったから逃げなかった」という話を聞くが、それは言い換えてみれば「逃げろと言われなかったから逃げられなかった」と言っているのに等しく、いつから日本は自分の命を守ることに対してまでもこんな受け身の社会になってしまったのか・・・

といった内容の話を嘆くようにおっしゃっていました。


また、情報には自分にとって都合のいい情報と都合の悪い情報があり、人間とは、いい情報は過大に評価する一方、都合の悪い情報は、例えば「津波が来ると知らされても、そんな大きな津波は来ないだろうと思いこむ」といったように過小評価し、あるいは都合よく解釈したりするものだ。

という発言も、なるほどなと思いました。

情報は大切です。
しかし、現代は情報が溢れかえり、その結果、過度に情報に依存したり、振り回されている人が少なくないように思います。
一昔前、情報があまり無かった頃は、手持ちの知識、経験、本能、研ぎ澄ました知性を頼りに判断し行動しなければならなかったのに、世の中が便利になり、情報がふんだんにあることで、それらの能力が衰えて来ているのではないでしょうか。

例えば、情報が簡単に手に入ることで、いちいち記憶することを止め、パソコンや携帯が変換してくれることで漢字を忘れ、カーナビに頼ることで地理感覚が鈍ったりするように、文明が進化する一方で、人間が本来持っていた力が弱って来ているようにも思います。

情報が簡単に入手できる素晴らしさ、快適さや便利さを享受できることを否定するわけではありませんが、だからこそ自分を頼りにする意志と、頼りにできる自分を鍛えることをして行かなければならないと改めて思いました。

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