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2013年4月の3件の記事

2013年4月19日 (金)

道に迷うことは道を知ること

Kupotea njia ndiko kujua njia.
道に迷うことは道を知ること

ラジオのCMで聴いた言葉で、スワヒリ語のことわざなのだそうです。

以前、偉人は失敗を前向きに捉えるという内容の記事を書きましたが、それと似ていますね。
前向きで楽観的な感じがとても良いです。

関連する記事
失敗とは上手くいかない方法の発見の事である

2013年4月 9日 (火)

生きるのに意味が必要なのか?

 

飲まずに帰る週末は、できるだけDVDを借りて観ようと思っています。
結局観られずに返却することも少なくなく、観なかったうえに延滞料金を払って返却したことも一度や二度ではないのですが、少し前に借りた「ホタルノヒカリ」という映画は、なかなか面白かったです。

 

綾瀬はるかさんが演じる、「蛍(ホタル)」という名前の「干物女(ひものおんな)」が主人公の映画で、人気があったテレビドラマの映画化なのだそうです。
映画で蛍は、藤木直人さん演じる「ぶちょお(部長)」とローマへ新婚旅行に出かけ、そこで松雪泰子さんが演じる「莉央」というつらい過去を背負った女性と出会います。

 

映画の中でのホタルと莉央のやり取りに、以前書いた、寅さんの「人間は何のために生きてんのかな」を想起させるような場面があったので記しておきます。
寅さんの映画を観たこともあり、人間が生きる意味をさんざん考えたあげく、「そもそも生きるのに意味が必要なのだろうか?」とも思いついた頃に観たので、特に強い印象を受けました。

 

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映画の後半、莉央の弟(手越祐也さん)とぶちょおが見守る中、「生きていることすら無意味で、仕方なく生きている」と、ぶっきらぼうに語る莉央に蛍が問いかけます。

 

(ホタル)
生きていることの意味?

 

(莉央)
ないんだよ
私には何も

 

(ホタル)
生きるのに意味が必要なんですか?

 

(ぶちょお)
おい

 

(莉央)
じゃ てめは
なんのために生きている?

 

(ホタル)
私は・・・

 

(莉央)
てめえにとって
生きるって なんだよ?

 

(ホタル)
食べて寝て
ゴロゴロすることですよ

 

(莉央)
てめなあ

 

(ぶちょお)
フツーじゃないので

 

(ホタル)
一日の終わりに ぶちょおと
縁側でビールを飲むんです

 

その時に思います

 

あぁ生きてて
よかったあ~って

 

(莉央)
あ ちょっと待て

 

この男と なんだって?

 

(ホタル)
ビールです

 

(莉央)
どこで?

 

(ホタル)
縁側で

 

(莉央)
で?

 

(ホタル)
で?

 

(莉央)
それで何?

 

(ホタル)
それだけです

 

(莉央)
(ため息・・・)
安上がりな女で よかったな

 

(ぶちょお)
おかげさまで

 

(ホタル)
そういう瞬間ってないですか?

 

一瞬でも
生きていてよかったって思うこと

 

その一瞬があれば
人は生きていけると思うんです

 

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寅さんの映画のオマージュなのかなとも思いました。

 

人間は生きていく上で、その拠り所として「自分が生きていく意味」が欲しいと思うのでは無いかと思います。
ただ、なにか凄いことを成し遂げるとかではなくても、ほんの些細なことでも幸せだなぁ、と思えることがあるだけでも生きている意味はあるのだと話すホタルは、ぼんやりしているようだけれど実は相当達観しているなぁと思いました。

 

確かに、どんなにささやかな幸せであったとしても、死んでしまったら絶対に味わえないのだから生きている意味といえるわけですね。

 

このやりとりだけに限らずストーリー面白かったですし、単純に楽しめるという意味からも、なかなか素敵な映画でした。
オススメです。

 

関連する記事
人間は何のために生きてんのかな

 

 

 

 

 

2013年4月 2日 (火)

遠くを見ることが経営者の仕事

車の運転が上手な人とそうでない人との違いの一つに、視線の配り方があります。

アイトラッキング装置という、人が見ている場所を記録する装置を使って、ベテランドライバーとペーパードライバーそれぞれが、運転中にどこを見ているのかを記録したテレビ番組を見たことがあります。
ベテランは、前後左右とバランス良く視線を配っており、比較的遠くまで見ているのに対して、運転が下手な人は車の前方だけ、しかも近くを集中して見ている傾向があるのだそうです。

見ているところが近くだけだと、その周辺や遠くは目に入りませんが、遠くを見ていれば、必然的に近くも視界に入ってきますので、入手できる情報の量は、近くだけを見ているのと比較になりません。
また、遠くで運転の障害になりそうな出来事を発見しても、自分がそこに到達するまでには時間がありますので、十分な対応ができますが、近くだけを見ている場合にはそうはいきません。

このことは、経営についても同じだと思います。

できる社長は、将来を見ています。
3年後の市場環境の変化を予想し、その中での自社のありたい姿を明確にイメージし、その実現のために、いま為すべきことを考え実行します。
もちろん、未来を予知することは誰にもできません。
しかし、いま起き始めている変化からいくつかの可能性を想定し、「こうなったらこうする」「この場合はこう対応する」といった具合に複数のパターンを考えておきます。

ところがそうでない社長は、ただ今期の決算、今月の数字、場合によって一週間後の支払いのことばかりを考えています。

経営に余裕があるから遠くを見られるのか、それとも遠くを見ているから余裕のある経営ができるのか。
たぶん後者が先なのだと思います。

私も、そんな偉そうなことを言える域まで達しているわけでもありませんが、つねに遠くを見るという姿勢は、これからも、それが当たり前になるまで続けて行こうと思います。

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