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カテゴリー「経営の参考に」の4件の記事

2013年6月 5日 (水)

決定と決断との違い

社長の最も重要な仕事に、「決定」と「決断」があります。
この「決定」と「決断」は、決めるという点ではよく似ていますが、その重さにおいてはまったく違うと思います。

辞書を引いてみると
------------------------------------------------------------
【決定】
はっきりときめること(広辞苑)
はっきり決めること(岩波国語辞典)
〔ひとつの方向に〕き・め(ま)ること(三省堂国語辞典)
------------------------------------------------------------
【決断】
きっぱりときめること(広辞苑)
きっぱり決めること(岩波国語辞典)
何かをするために、はっきり心をきめること(三省堂国語辞典)
------------------------------------------------------------

と、それほど大きな違いは感じません。

しかしながら、漢字をみてみると

「決定」は、定めることを決める

それに対し

「決断」は、断ることを決める

のであり、
大きな違いを感じます。

「決定」には、方向を「定」めるようなニュアンスがあるため、例えば、AからEまでの5つの選択肢に対して、AとCとDの3つを行うという「決定」もあるかもしれませんが、
「決断」には、複数を選ぶというケースは考えにくいです。

基本が択一(一つしか選べない)であり、そもそもが選択肢がたくさんあるケースでは「決断」とは言わないように思います。

つまり、「決断」とは基本的に二者択一であり、「やるか、やらないか」「進むか、戻るか」といったような場面。しかも、間違った方を選んでしまうと窮地に追い込まれるような状況で行われるものだと思います。

ですから、決断の方は、一度決めたら(ときには命をかけて)徹底的に行うものであり、そう考えると、決断の「断」とは退路を断つことだ、とも言えると思います。

さらに言えば、決定の場合には、それぞれの選択肢のメリットとデメリットがある程度見えている状況だと思いますが、決断の場面ではまったく見えない状況も多いと思います。

社長とは、経済に関する危険を伴う意志決定をする人のことですから、その判断次第で、会社を成長させ、あるいは逆に危うくさせます。

「決断」をしなければならない場面は、そうそうあるものではないと思いますが、いざその時に、正しい決断が出来るように自己研鑚を積み重ねていきます。

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2013年5月15日 (水)

リーダーシップ(Leadership)とは何か

リーダーシップとは何でしょうか。

少し前にリーダーシップについての相談を受けたこともあり、ここで改めてリーダーシップについての考えを記しておこうと思います。

リーダーシップをどうしたら上手に発揮させられるのかということは、リーダーという立場で、その責任を果たそうと真剣に考えるなら、誰しもが悩むものではないかと思います。

自分自身を振り返ってみても、以前に勤めていた会社では、同僚や後輩を引き連れて頻繁に遊びに行ったり飲みに行ったりと、お山の大将的な立場であったのですが、会社を始めて、社員が増えてくるにつれてそのようなやり方では仕事上のリーダシップは上手くいかないということが分かり、悩んだ時期がありました。

今になればよく分かるのですが、遊びと仕事のリーダシップはまったく異なります。

遊びは大抵の場合、参加者みんなが楽しいものであり、仲良しグループで構いません。

しかし、仕事でチームの目標をクリアするために行うことは楽しいことばかりではありません。
むしろ楽しくないことのほうが多いくらいかもしれませし、ときには軋轢や不公平感が生じることだってあるでしょう。

また、仲良しグループと違い、リーダーと部下という関係になるわけですから、

------------------------------------------------------------
リーダー
指示を出し、その遂行状態や上げた成果によって部下の(人事)評価をする人

部下
指示を受け、その遂行具合によってリーダーから評価を受ける人
------------------------------------------------------------

というように立場や利害が相反することもあります。

そんな中で、あるべきリーダーシップとはどのようなものなのか。

その答えは、Leadershipという英単語の中にあります。

leaderは、日本語でもリーダー、あるいは指導者、統率者、指揮官という意味ですね。

shipは、名詞につける接尾辞として、状態や技量、手腕を表す名詞になりますので、leader-shipという英語は、指導や指導力、統率力という名詞になります。

ただ大切なのは、そもそもの、leaderという単語に含まれている意味です。
つまり、lead-erは、lead(リード)する人であるということです。
leadとは、連れて行くとか導くという意味ですね。

ですから当たり前ですが、ついてくる人がいなければリーダーではありません。
リードする人とついてくる人という複数人によってチームが構成されます。

そして、そのチームを何処に連れて行くのか、どうやって行くのかが明確でなければリードすることなどは出来ないわけで、リーダーとはそれを明示する人であることが分かります。

仕事における目的地は、チームをして定めた目標を達成するところにあります。
つまりリーダーは、チームの目標を定め、その達成に必要な計画を立て、チームをして確実に遂行し、目標を達成する人のことなのです。

ですから、親分肌とか、求心力とか、あるいは、やさしい、面倒見が良い、部下から好かれるといったことは、(あるに越したことはないですが)一見リーダーシップのように思われますが、実は仕事におけるリーダーシップには関係無いことなのです。

それどころか成果を上げるリーダーは、非情(無情ではないですよ)である場合も少なくありません。

チームとして目標を達成することこそが、結果としてチームメンバーみんなの利益につながるのですから、その信念を持ち、万難を排してみんなをリードしていく人こそが真のリーダーなのだと思います。

ピーター・ドラッカー氏の著書中にリーダーシップを的確に言い当てている著述がありますので紹介しておきます。
------------------------------------------------------------

リーダーシップとは、人を惹きつける資質ではない。
そのようなものは扇動的資質にすぎない。

リーダーシップとは、仲間をつくり人に影響を与えることでもない。
そのようなものはセールスマンシップにすぎない。
(現代の経営より)

------------------------------------------------------------

リーダーシップは重要である。
だがそれは、いわゆるリーダー的資質とは関係ない。
カリスマ性とはさらに関係ない。
神秘的なものではない。
平凡で退屈なものである。

カリスマ性でも資質でもないとすると、リーダーシップとは何か。
第一に言うべきことは、それは仕事だということである。

効果的なリーダーシップの基礎とは、組織の使命を考え抜き、それを目に見える形で明確に定義し、確立することである。

リーダーとは、目標を定め、優先順位を決め、基準を定め、それを維持する者である。
(未来企業より)

------------------------------------------------------------
まさしくその通りだと思います。

2013年4月 2日 (火)

遠くを見ることが経営者の仕事

車の運転が上手な人とそうでない人との違いの一つに、視線の配り方があります。

アイトラッキング装置という、人が見ている場所を記録する装置を使って、ベテランドライバーとペーパードライバーそれぞれが、運転中にどこを見ているのかを記録したテレビ番組を見たことがあります。
ベテランは、前後左右とバランス良く視線を配っており、比較的遠くまで見ているのに対して、運転が下手な人は車の前方だけ、しかも近くを集中して見ている傾向があるのだそうです。

見ているところが近くだけだと、その周辺や遠くは目に入りませんが、遠くを見ていれば、必然的に近くも視界に入ってきますので、入手できる情報の量は、近くだけを見ているのと比較になりません。
また、遠くで運転の障害になりそうな出来事を発見しても、自分がそこに到達するまでには時間がありますので、十分な対応ができますが、近くだけを見ている場合にはそうはいきません。

このことは、経営についても同じだと思います。

できる社長は、将来を見ています。
3年後の市場環境の変化を予想し、その中での自社のありたい姿を明確にイメージし、その実現のために、いま為すべきことを考え実行します。
もちろん、未来を予知することは誰にもできません。
しかし、いま起き始めている変化からいくつかの可能性を想定し、「こうなったらこうする」「この場合はこう対応する」といった具合に複数のパターンを考えておきます。

ところがそうでない社長は、ただ今期の決算、今月の数字、場合によって一週間後の支払いのことばかりを考えています。

経営に余裕があるから遠くを見られるのか、それとも遠くを見ているから余裕のある経営ができるのか。
たぶん後者が先なのだと思います。

私も、そんな偉そうなことを言える域まで達しているわけでもありませんが、つねに遠くを見るという姿勢は、これからも、それが当たり前になるまで続けて行こうと思います。

2011年6月 8日 (水)

プロの世界では「努力」は評価されない

今年の初めに読んだ本で「イッシューからはじめよ」という本が面白かった。
著者の安宅さんは、マッキンゼーを経て、ヤフーのCOO室長をされている方で、マッキンゼー時代に学習、経験した問題解決手法を基に書かれた本のようである。

「圧倒的に生産性の高い人」の知的生産手法について書かれており、少し乱暴ではあるが簡潔に言えば、課題解決はその解決の手法よりも、「イッシュー」と呼ばれる「問題」そのものの見極めに要点がある。としている。
とても良い本だと思うので興味があれば読んでいただきたいと思うが、本文の内容とは別に、この本で感銘を受け、赤線を引いたのが「あとがき」に書かれていた、以下の文章である。

.

プロフェッショナルの世界では「努力」は一切評価されない。

(中略)

すべての仕事は結果がすべてであり、この結果があるレベルの価値に達していないと、その仕事はいかなる価値ももたず、多くの場合マイナスになる。

.

その通りである。

付け加えるなら、レベルに達したとしても、決められた時間に間に合わなかった場合も同様だと思う。

どんなに「努力しました」「時間や労力を掛けました」「頑張りました」と言われても結果が出せていないのであれば評価のしようがない。
努力しているつもりでも結果が出せないのであれば、ただ単に「努力がまだ足りない」のか「努力の仕方が間違っている」かのどちらかである。
また、「突発的な問題が起きた」とか「PCが壊れてデータが消えてしまった」などで、間に合わなかったしても、(同情はしてくれるかも知れないが)ビジネス的には「備えが出来ていなかったんだね」で終わりである。

.

努力ではなく、結果のみで評価されるという事実は、フリーなど自分独りで仕事をしている人には分かりやすいのではないか。

クライアントに依頼された仕事で、要求されたレベル以下のものしか出せなかったら、代金は頂けないであろう。
仮にクライアントが ”いいクライアント” で、お情けで代金を貰えたとしても次回、依頼が来ることはないだろう。

納期に間に合わなかった場合も同様である。
厳しいところであれば、代金を貰えないどころか、「要求レベルに達していなかった」「納期に間に合わなかった」という理由で損害賠償請求をされることだってある。
これらのことは、業務委託契約書などを交わす場合には普通に書いてあることである。
それではといって余裕を持った納期を要望すれば、そもそも仕事自体が、他の出来る人のところに行ってしまうだけである。

本来、プロとして仕事をしていくことは非常に厳しいことである。
喰っていくためには結果を出さなければならないのだから。

ところが、組織の中で働いていると、この意識が希薄になりがちだ。
会社という傘のもと、責任や役割が分散されるためであるのだが、実は本質は何も変わらない。
組織の中の個人は、クライアントが会社を評価するのと同様、会社が個人を評価するということだ。

では「努力」は、まったく評価されないのだろうか。
これについて私は、一定の条件の基では評価すべきだと考える。
がむしゃらな「努力」や、その「姿勢」は周りの人に良い影響を与えると思うからだ。
団体競技などにおいては、ムードメーカー的な選手が、声を出し、走りまわることでチームに良い雰囲気が生まれ、勝負の流れを変えることがある。
そういった部分は評価してあげるべきだと思うのだ。

ただ、それは、組織の中においてのみ有効であり、また順番としては結果を出した上でということになる。
結果が出ていないのであれば、「努力」も「姿勢」は評価の対象にすらならないのである。